資産運用は、絶対しなければいけないようなものではないけれど。
「資産運用をしないと、将来大変なことに?」なんて意見も聞きますが、別にそこまで、資産運用が必要なものだとは思っていません。
資産運用に取り組まなくたって、別にお金に苦労している人なんてほとんどいない。
むしろ、お金に苦労している人の問題の多くは、『資産運用をしてこなかったこと』ではなく、『お金の使い方を間違えてしまった』という人の方が多い。
普通と言われるような一般の人が、資産運用という余計なリスクを取らないと生きていけないような世の中なのだとしたら、それこそ国の問題だと思います。
資産運用どうのこうの以前に、日本の国や政治を糾弾すべきでしょう。
人生のファイナンシャルプランニングは、家計設計と貯蓄でなんとかなる。
資産運用というのは、ファイナンシャルプランニングのちょっとしたスパイスだと思っています。
しかし、金融機関の広告では、資産運用に取り組まないといけないような言葉が多い。
はっきり言って、「資産運用をしなければいけない」という言い回しは、金融機関のための宣伝文句だと思っています。
リスクを明示し、不安を煽るのは、金融機関の常套手段です。
そうやって、人を不安にさせて、保険や投資信託などの金融商品を売っている。
行動経済学者のダニエル・カーネマンの話では、人は得することよりも、損することの方に意識が向かいやすいそうです。
金融機関の営業でつかわれる、「不安を煽る」宣伝文句は、損を嫌う人の性質を利用しているわけです。
投資のスキルは、ないよりあったほうがいい。
資産運用は、しなければいけないものではないと思う。でも、資産運用をするための投資スキルは、ないよりはあったほうがいい。
投資のスキルが高くなれば、人生の可能性が大きく広がることがある。
資産運用は、絶対やらなければいけないものではないけれど、ぜひ取り組んでみた方がいいことであるのは間違いない。
学校教育に例えると、「大学を卒業しなくたって、別に生きられなくなる訳じゃないけれど、できれば大学を卒業していた方がいいよね。」というのと同じです。
日本では、資産運用を学ぶ機会が少ないだけに、学んだ人とそれ以外の人の差が大きくなる傾向がある。
「金融機関ですすめられて。」というレベルを脱して、投資スキルを身につけることで、周りよりも余裕が生まれる可能性がある。
投資スキルがあると、どう違うのか。
例えば、収入が途切れるリタイヤ後に残ったお金をどう使うか、年々使って減っていくだけのお金になるか、投資で不労所得が得られるように使うことができるか。
これは大きな違いです。
不労所得という余裕ができると、生活にも余裕が生まれるし、何より心にゆとりがもてるようになると思っています。
この心のゆとりは、残高が減るだけの預金通帳とは全然感じ方は違うと思います。
もし減るだけの預金通帳だったら、毎日無駄遣いにおびえる日々にもなりかねませんが。
何かしらの収入があると、ちょっと贅沢にも使ってみるかと旅行に行ったりする心のゆとりが生まれることもあるものです。
資産運用をすることよりも、投資スキルを学ぶことが大切です。
「ただ、資産運用をすればいいのか?」というと、それはまたちょっと違うような気がしている。
資産運用のノウハウを持っている人と、ただ投資信託などを買っている人というのは、投資に対する感じ方、考え方が全く違っているものです。
資産運用のノウハウがある、つまり投資のスキルがある人は、投資のリスクをコントロールしながら投資をしている感じがする。
自分の投資が失敗することも含めて、損失を計算し。投資をコントロールしている。
対して、投資のスキルがない人の運用は、「このままでいいのか?」「大きく減らすことはないのか?」とおっかなびっくりで資産運用をしている。
ここでも、やっぱり心の余裕が違う。
例えるなら、投資スキルのある人は、自分の経験と実績から、いくらまでなら使っていいかを何となく把握しながら取り崩せる。
心の余裕感が違えば、お金を使う余裕も違う。
どっちの方がいいのかは歴然です。
おっかなびっくりで運用するぐらいなら、資産運用なんてしない方がいいのかもしれない。
ちゃんと自分のコントロールの下に、お金を運用し、使えるようにする。
これには、投資のスキルがあるかないかで全然違うものです。
ちゃんと自分で考え運用できる投資スキルを身につけることは、必須ではないものの、あれば必ず役に立ってくれる、とても価値のあることだと思っています。
どこから収入を得ているのか、とても謎だった芸能人の叶姉妹。
実は、彼女たちは、投資から収入を得ているという話がありました。
そして、彼女たちが、『投資というものの可能性の素晴らしさと投資というものの奥深いたくさんの恐ろしさを私達は私達なりに見て知っているからです。』と言っていました。
「怖いこともあるけれど、可能性の素晴らしさ」なんて話、かなり投資スキルが高いからこそでてきた言葉なのでしょうね。
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